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  <title>iddy.jp - RSS feeds by fumiton</title> 
  <link>http://iddy.jp/rss/blog/fumiton/</link> 
  <description>RSS feeds by fumiton hosted at http://iddy.jp/</description>
  <language>ja</language>
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    <title>&quot;今までニートとか、派遣とか馬鹿にして笑い者にして、自己責任だの、甘えだの、 クズだのゴミだのと叩いて、 勝手に飢え死にさせとけとか残酷なことばかり吐き捨ててたけど、...&quot;</title> 
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    <![CDATA[
    “<p>今までニートとか、派遣とか馬鹿にして笑い者にして、自己責任だの、甘えだの、 クズだのゴミだのと叩いて、 勝手に飢え死にさせとけとか残酷なことばかり吐き捨ててたけど、 それらの行為の報いは全部自国、ひいては自分の企業、自分の生活に跳ね返ってくるんだよね。 それに国民はおろか、為政者すら気付いてない。 </p>

<p>本来なら、「お願いしてでも」20～40代なんて安定雇用で「全員」が働いて「頂いて」、 結婚してもらって子供最低2人以上、出来れば3人、4人と産んでもらわないと困るのに、その現役世代が、最初の就職ごときですら悲壮感漂わせながら必死に求職活動しないといけなくて、つまずくような社会にしてしまった。 </p>

<p>そして一度つまずいたら二度と戻れない社会を、弱者を馬鹿にしてそのまま放置してきた。 現役世代に金の不安を与えたら、それが非婚化・少子化に直結するのは当たり前のこと。 本当にバカだよ。 </p>

<p>社会全体でニートだ派遣だと弱い男性を笑い者にして、クズ扱いして、 「こんな人間誰が採るよｗ」とかいって余裕ぶっこいてた会社員様が、超少子高齢化・人口減少による内需の縮小で自分の所属してる企業が大赤字で潰れる。そして年金も破たんし国ごと崩壊。今自分がこの日本と言う豊かな国で、豊かなインフラで、幸せに生活で来てるのは、「どこかの他人が子供を作ってくれて、その国力によって維持されてる」ものなのに。 昔の為政者はそれが分かってた。 「全員揃って豊かにならないと、国は決して繁栄しない」ことを知ってた。だから底辺を見捨てなかった。 </p>

<p>「自分だけ金持ちでいられる」なんてそんな虫のいい話はないんだよね。 金持ちになるには、庶民に自分とこの商品を買ってもらってなんぼなんだから。 その庶民をないがしろにして、子供産めないような状況になっても「自己責任」「努力不足」と吐き捨ててたら、 自分とこの商品買ってくれる人がいなくなるのは当たり前のこと。 それで今、超一流企業様の自動車産業すら危機に貧してるからね。 </p>

<p>安泰と思ってた自分の企業が、その報いを一身に受けて潰れる日が来るなんて夢にも思ってないんだろうね。 人を大事にしなかった国は滅びる。弱者を馬鹿にして見捨てた報いは全て自分に返ってくる。因果応報。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://kanasoku.blog82.fc2.com/blog-entry-21889.html" target="_blank">22歳女性の苦悩「『生活保護もらってる』というと面接で落とされる カナ速</a> (via <a class="tumblr_blog" href="http://catwark2037.tumblr.com/" target="_blank">catwark2037</a>)</em>
    ]]>
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    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/17329579808</link> 
    <pubDate>Fri, 10 Feb 2012 05:11:54 +0900</pubDate>
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    <title>&quot;私が得たメリットは、どんな文化でも通用する視点、強引に数学で例えると「世渡りの不動点」を見つけたこと。
それは、他者の力を乞うには、自らも力を持たねばならないということ。
それは、他者から何かを得るには...&quot;</title> 
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    <![CDATA[
    “<p>私が得たメリットは、どんな文化でも通用する視点、強引に数学で例えると「世渡りの不動点」を見つけたこと。</p>
<p>それは、他者の力を乞うには、自らも力を持たねばならないということ。</p>
<p>それは、他者から何かを得るには、自らも与えるものを持たねばならないということ。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51771305.html" target="_blank">404 Blog Not Found:アメリカに行ってエンジニアリングを学ぶ前に用意しておくべきもの</a></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/17328595577</link> 
    <pubDate>Fri, 10 Feb 2012 04:49:16 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>attrip:

[N] プロブロガーになる前に確認しておきたいこと</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <img src="http://29.media.tumblr.com/tumblr_lz2cc7TzuX1qze9t1o1_500.png"/><br/><br/><p><a href="http://attrip.tumblr.com/post/17256232290/n" class="tumblr_blog" target="_blank">attrip</a>:</p>

<blockquote><p><a href="http://netafull.net/blog/039596.html" target="_blank">[N] プロブロガーになる前に確認しておきたいこと</a></p></blockquote>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/17257139632</link> 
    <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 17:02:47 +0900</pubDate>
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  <item>
    <title>&quot;つまりそういうことだ。Facebookは個々人が着飾った“見栄を張った”情報の塊になるわけだ。以前だれかが「Facebookは30年後の高校の同窓会みたいなものだ」と書いていた。たしかに言い得て妙。いま...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “<p>つまりそういうことだ。Facebookは個々人が着飾った“見栄を張った”情報の塊になるわけだ。以前だれかが「Facebookは30年後の高校の同窓会みたいなものだ」と書いていた。たしかに言い得て妙。いまの自分の生活が充実している“リア充”でないと出席できない。50歳前にもなって「離婚して一人暮らし」とか「無職」だとかでは人前に顔を出せないのだ。</p>

<p>Facebookも結局のところ、書き込みのほとんどは、美味しいもの食べたとか旅行に行ったとか、ある意味“ハレ”の状態を書き込むことがほとんどだ。私自身もそうなのだが(笑)。つまり自分を“リア充”に見せる個々人の広告ページがFacebookなのだ。そう考えると個人から企業まで、総広告サイトがFacebookの姿だといえるのではなかろうか。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://agora-web.jp/archives/1429440.html#" target="_blank">Facebookは広告だらけ : アゴラ - ライブドアブログ</a> (via <a class="tumblr_blog" href="http://kanose.tumblr.com/" target="_blank">kanose</a>)</em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/17253441412</link> 
    <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 14:47:09 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;重要なのは、「正しいか、正しくないか」っていうのは、「だれかがこう言ってた」「新聞に書いてあった」と最終判断を他者に委ねることになるけど、「おもしろいか、おもしろくないか」は、いろんな考え方をふまえたう...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “<p>重要なのは、「正しいか、正しくないか」っていうのは、「だれかがこう言ってた」「新聞に書いてあった」と最終判断を他者に委ねることになるけど、「おもしろいか、おもしろくないか」は、いろんな考え方をふまえたうえで、自分が責任を持つ判断であるということ。</p>

<p>「俺が正しいと思うから正しい！」というひとはあまりいない（お前は誰だ）。 
「おかあさんが」「新聞が」「みのもんたが」言ってたから正しいという。</p>

<p>逆に、「あのひとがおもしろいと言ってたからおもしろい！」というひとはいない（お前は誰だ）。 
「俺がおもしろいと思うからおもしろい！」という。</p>

<p>だから「おもしろいと思ったらシェア」というルールにしているかぎり、自動的に自分の「いいね！」やシェアに責任を持てる。そして、自分が責任を持っているかぎり、「それがおもしろいと思うお前ってどうなの…？」という指摘には自分で答えなきゃいけない。Facebook小話を広げたひとたちは、それが実話かどうかにべつに責任持たなくてもいいけど、「その話、おもしろくないよね…」という指摘には責任を持って答えてほしい。「おもしろくないけど、実話だから広めた！」て意味わかんないからね。</p>

<p>というわけで、私がツイッターでフォローする「この人のおもしろセンス最高」というひとたちは、だいたいつまんない話を拡散したりしないので、私のTLでこの手のデマがまわってきたことは一度たりともありません（自慢）。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://www.tokyo-esca.com/blog/archives/2012/02/04134510.html#more" target="_blank">立ち上がれ文学部！おもしろ至上主義のススメ - 東京エスカレーターガール</a> (via <a class="tumblr_blog" href="http://kotoripiyopiyo.tumblr.com/" target="_blank">kotoripiyopiyo</a>)</em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/17220638586</link> 
    <pubDate>Wed, 08 Feb 2012 05:02:03 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;■高校生の頃、趣味で文芸同人誌の編集をした。僕は編集長だ。ただし、長といっても偉くはない。編集をしたのは僕一人だ。執筆を頼んだのは4人。皆頭が良さそうだったし、実際良かった。話も面白かったし、本も良く読...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “■高校生の頃、趣味で文芸同人誌の編集をした。僕は編集長だ。ただし、長といっても偉くはない。編集をしたのは僕一人だ。執筆を頼んだのは4人。皆頭が良さそうだったし、実際良かった。話も面白かったし、本も良く読んでいた。それで小説か、エッセイを頼んだのだ。皆、引き受けた。これで僕は編集が出来るぞと思ってウキウキした。レイアウトシートなども用意した。だが、すぐに問題が起こる。<br/><br/>■書かないのだ。誰も書かないのだ。一人もだよ。書くっていったのに。そんなのあるか。勿論、催促をする。いったい、いつになったら書くのか。すると皆、ハンでついたように同じ事を言うのだ。<br/><strong><span style="font-size:130%;">「・・・書けない」（ため息をハァ、とつく）。<br/></span></strong><br/>■だって打ち合わせをしたじゃないか。自信満々に内容を語ったじゃないか。ある一人などこうもいったはずだ。「もう、すべて頭の中にある。あとは書くだけさ」 でも、書かないのだ。一行も書かないのだ。なんだかんだと言い訳ばかりして結局一人も書かなかった。<br/><br/>■それで仲の良かったNに頼んだのだ。Nなら何とかしてくれると思ったのだ。Nは「小説などあまり読まないし、文章なども書いたことはないがまあ何とかしよう」と言い、2週間で50枚ほども書いてくれた。同人誌は、結果的にNの個人誌になったわけである。<br/><br/>■本が出来上がると執筆予定だった4人が現れて、Nの書いた文章をボロクソに批判した。曰く、Nの書いたものはある著名な小説家の文章に良く似ている。スタイルだけ借りた、志の無い駄作だと言うのである。<br/><br/>■僕は、こいつらはなんだろう、と思った。なんなんだよお前らは。<br/><br/>■4人の指摘は確かに当たってはいたのである。Ｎには書きたいモノなどなかったのだ。それはそうだ。だって僕に頼まれて仕方なく書いたのだから。だからある作家のスタイル－文体など－を借りて、内容はともかく、体裁だけはそれらしいものをと、形だけ、とにかく書いたわけである。それはまあ、僕にも分かった。<br/><br/>■しかしだからと言ってお前らはなんだ。<br/><br/>■きっとこういうことである。奴らは傑作を書こうとしたのである。 このオレ様が書くのであれば、その作品は大傑作以外にあり得ない、と鼻息も荒くだが平静を装うためコーヒーなどすすり書き始めたはずなのである。 一行書き、一枚書いてみる。 読み返す。陳腐である。おかしい。書き直す。読み返す。凡庸である。頭の中にあったときは世紀の大傑作だったものが、実際に書いてみるとコレは・・・という代物にしかならぬ。がっかりだ。こんなもの人目に晒すとバカにされてしまうかもしれない。何より自分が許せない。傷つくぞ、プライドが。悪夢である。<br/><br/>■で、その悪夢から逃れる素晴らしい方法があるのだ。書かなければいい。そして人の書いたぼろぼろの作品をバカにして心の平穏を取り戻すのだ。 バカ者だと思った。このばかめ。<br/><br/>■10年振りにＮから連絡があった。小説家になれそうだというのである。ほんとかよ。夏くらいに文芸誌に短編がのるはずだ。なんと感動的な話だろう。<br/><br/>■最初Ｎには書きたいものは無かったし、書く技術もなかった。ソフトも、ハードも無かったということだ。だが必要に迫られて、ハードだけをどこかから借り受けて、ソフトの無い作品をでっちあげた。そして何作か書く内に、書きたいものが出来た。ソフトが出来たわけだ。だが、ハードはまだ借り物だ。まあでも兎に角書いてゆく。そして10年が経ち、いつの間にかハードも立派に自分製になっていた。自分の技術で、自分の言葉を書く、プロの物書きだ。おめでとう、Ｎ。”<br/><br/> - <em><p><a href="http://kaku-jyo.blogspot.com/" target="_blank">架空畳ブログ・ジュラ記</a> (via <a href="http://perm-orange.tumblr.com/" target="_blank">perm-orange</a>)</p>
<p>2011-05-03</p>
<p>(via <a class="tumblr_blog" href="http://quote-over100notes-jp.tumblr.com/" target="_blank">quote-over100notes-jp</a>)</p></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/17057231590</link> 
    <pubDate>Sun, 05 Feb 2012 08:25:07 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>bull-heck:

現実と向きあうスレ - 二次元裏＠ふたば
</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <img src="http://27.media.tumblr.com/tumblr_lyrtm3zeqC1qfsvizo1_500.jpg"/><br/><br/><p><a class="tumblr_blog" href="http://bull-heck.tumblr.com/post/16920728600" target="_blank">bull-heck</a>:</p>
<blockquote>
<p><a href="http://may.2chan.net/b/res/99719311.htm" target="_blank">現実と向きあうスレ - 二次元裏＠ふたば</a></p>
</blockquote>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16952495331</link> 
    <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 11:02:43 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;「幸せを先取りする」考え方を習慣付けるために、次の5つの活動をそれぞれ２分ずつ行うだけでも効果があるということです。
その日にあった「良いこと」を３つ上げてみる「感謝」の訓練
その日にあったことを記録す...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “<p>「幸せを先取りする」考え方を習慣付けるために、次の5つの活動をそれぞれ２分ずつ行うだけでも効果があるということです。</p>
<ol><li>その日にあった「良いこと」を３つ上げてみる「感謝」の訓練</li>
<li>その日にあったことを記録するジャーナリングの訓練</li>
<li>身体を意識するための軽い運動</li>
<li>精神を意識するための瞑想</li>
<li>周囲の人へときどき無条件に親切にしてみる</li>
</ol><p>こうした、ちょっとした「幸せの素振り」を３週間続けるだけでも、考え方を再配線してマインドセットを変えることができるというわけです。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://lifehacking.jp/2012/02/happiness-advantage/" target="_blank">人生の法則は逆だった。幸せを感じることで生産性もクリエイティビティも導かれるという話 | Lifehacking.jp</a></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16952421178</link> 
    <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 11:01:32 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;アメリカで「やらせクチコミ」が規制されている理由もそこにあります。やらせクチコミは、ステマだから悪いのではなく、ステマとして外道中の外道と見られているから、そしてそういう共通認識を前提として法運用できる...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “アメリカで「やらせクチコミ」が規制されている理由もそこにあります。やらせクチコミは、ステマだから悪いのではなく、ステマとして外道中の外道と見られているから、そしてそういう共通認識を前提として法運用できるから、禁止されているのです。<br/><br/>だから日本では、やらせクチコミは法規制できません。「許されるステマ」と「許されないステマ」が区別されていない日本では、やらせクチコミを禁止すればあらゆるステマが禁止されることになり、ひいてはあらゆる宣伝を違法とすることにつながりかねないからです。”<br/><br/> - <em><a href="http://meinesache.seesaa.net/article/250056844.html" target="_blank">ステマに対する日米の認識の違い: Meine Sache ～マイネ・ザッヘ～</a></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16927117366</link> 
    <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 03:10:46 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;等しく「まじめに」働いているにもかかわらず、単なる便利屋と、「信頼できる人」とは、たいていの場合異なってくる。

何か問題が発生して、たいていの場合、まず真っ先に呼ばれるのは「便利屋」であって、問題がそ...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “<h4>等しく「まじめに」働いているにもかかわらず、単なる便利屋と、「信頼できる人」とは、たいていの場合異なってくる。</h4>
<p>
何か問題が発生して、たいていの場合、まず真っ先に呼ばれるのは「便利屋」であって、問題がそこで解決しても、そこから「信頼」は生まれない。問題が煮詰まって、「便利屋」には解決できない状況になって、今度はたいてい、「信頼できる人」が呼ばれる。信頼できる人が問題を解決しても、もしかしたら問題を解決できなくても、その人に対する信頼は高まって、一方で、「使えない便利屋」は舌打ちされる。</p>
<p>
内面の「まじめさ」は、信頼の役にはたたない。</p>
<p>
信頼は、「相手の選択肢が枯れた状況で、問題の解決を提供する」ことで生まれ、相手の選択肢が枯れ続けている限りにおいて、信頼は勝手に大きくなっていく。「問題を解決すること」それ自体は、信頼については、たいていの場合どうでもいい。</p>
<p>
信頼を勝ち取りたいのなら、単なる便利屋でいたくないのなら、「今自分に問題の解決を依頼するこの人は、果たしてどれぐらいの選択肢を抱えているのだろう？」と考察するといいのだと思う。相手にたくさんの選択肢があるようにみえたのならば、もしかしたらまだ、その問題を解決すべきときではないのかもしれない。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://ulog.cc/a/medtoolz/13773" target="_blank">DV男は相手の顔を殴る - medtoolzの本館</a></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16750202010</link> 
    <pubDate>Mon, 30 Jan 2012 15:26:26 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;　今回は言葉の上のこと。なのにそこへメディアが集まった。まるで事件現場に群がるように。つまりいまの日本というのは、作家の言い合いに過剰に反応するほどにまで、ものが言いづらい世の中なのではなかろうか。だか...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “　今回は言葉の上のこと。なのにそこへメディアが集まった。まるで事件現場に群がるように。つまりいまの日本というのは、作家の言い合いに過剰に反応するほどにまで、ものが言いづらい世の中なのではなかろうか。だから好きなことを言う人間を珍しがっているのではないのか。そのあたりを、人の言い合いを流すだけのメディアは、いったいどう考えるのか。私はネットをほとんど知らないが、ブログやツイッターで言いたいことを言っているように見える日本人は、実は言いたいことを出し切れていないのかもしれない。この点を分析する能力は自分にはない。ひょっとすると、言いたいことを自由に言っている石原氏や私は、古いタイプの書き手なのだろうか。”<br/><br/> - <em><a href="http://mainichi.jp/enta/art/news/20120126dde018070030000c.html" target="_blank">芥川賞に選ばれて：言いたいこと、あの夜と今＝田中慎弥 - 毎日ｊｐ(毎日新聞)</a></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16531603955</link> 
    <pubDate>Fri, 27 Jan 2012 04:19:54 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>このネガ写真の点を30秒見つめてください…ビックリしますよ : ギズモード・ジャパン</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <img src="http://27.media.tumblr.com/tumblr_lyf6baO48I1qzdnvvo1_500.jpg"/><br/><br/><p><a href="http://www.gizmodo.jp/2012/01/30_6.html" target="_blank">このネガ写真の点を30秒見つめてください…ビックリしますよ : ギズモード・ジャパン</a></p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16530943917</link> 
    <pubDate>Fri, 27 Jan 2012 04:04:21 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;鈴木さん：『バイオハザード』は人間力のアップに役立つと思います。今の世の中、平和を愛する素晴らしい若者たちであふれていますけど、学校で「今、もしも親や兄弟が危険な状態になったら、どのように助けますか？」...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “<p><span style="font-weight: bold">鈴木さん：</span>『バイオハザード』は人間力のアップに役立つと思います。今の世の中、平和を愛する素晴らしい若者たちであふれていますけど、学校で「今、もしも親や兄弟が危険な状態になったら、どのように助けますか？」と聞いたところ、10人中７人が「逃げる」と答えたんです。僕は物凄くガッカリしましてね。こいつはイカンと。だから『バイオハザード』をやりなさいと言ったんです。恐怖や危機に耐える男の根性、そして男らしさを鍛えるために役立ちます。もちろん女性の方もプレイしていいんですよ。『バイオハザード』は面白いし、恐ろしいし、加山さんがおっしゃった“総毛立つ”ような爽快感も味わっていただける。そう思いますね。</p>

<p><span style="font-weight: bold">加山さん：</span>最近はアウトドア指向からインドア指向に変わってきていて、塩水がベタベタするからとか、砂が足につくからとかいう理由で、19％の人間が海はきらいと言っている。何をバカなことを言ってるんだ、そんなことでは人間として生きていく資格はないぞと。自然の中で生きていく恐ろしさをきちんと知るべきであって、それをわきまえた上で空いた時間にゲームをプレイすると、大自然の中の自分の非力さを知りながら、脳のトレーニングができる。『バイオハザード』をプレイすると、地図や攻略の方法が頭の中にどんどん入っていく。そういう意味では覚えるという訓練になるし、反射神経は間違いなく向上する。トレーニングになるね。もちろん子供の場合は、勉強をする時間とゲームをする時間はきちんとわける。それが大事。そして親も分別とゲームの楽しさを理解してプレイすれば、それが今度は子供との絆になる。だから親もプレイしてほしい。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://japan.gamespot.com/extra/biohazard_201201/35013022/" target="_blank">バイオハザード15周年＆3DS「バイオハザード リベレーションズ」発売記念—加山雄三さんと鈴木史朗さんスペシャル対談 - GameSpot Japan (1/3)</a></em>
    ]]>
    </description>
    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16508494527</link> 
    <pubDate>Thu, 26 Jan 2012 14:01:59 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>&quot;　最近、私が見たそんな「謎」は「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい “But whoever strikes you on your right cheek, turn to him the...&quot;</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    “<p>　最近、私が見たそんな「謎」は「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい “But whoever strikes you on your right cheek, turn to him the other also.”」という言葉です。新約聖書マタイ伝の中に書かれているイエス・キリストの言葉です。この言葉を聞いた人が書いた、「あれ？ふつう右利きの人がほとんどですよね？だとしたら、右の手で相手をぶつんだから、（頬をぶたれる側の人からすれば）左の頬を打たれることになるんじゃないですか？最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか？」という疑問を眺めたのです。…確かに、不思議です。世の中の90%くらいの人が右利きだということを考えると、ぶたれる頬は「左頬」が自然です。相手から「右頬」を打たれる、というのは何だか不自然です…？</p>

<p>　そこで、Wikipedia の”Turn the other cheek”の項や、「右頬を…」という言葉を解説した文章を読んでみると、とても興味深い（もっとも支持されている）説を知りました。それは、この言葉で勝たれているのが、「右手の甲で相手の右頬を打つ」という状況だった、ということです。確かに、右手の甲で相手の顔を払うように打つのであれば、（頬をぶたれる側からすれば）右頬が打たれることになります。そして、古代のユダヤ世界では、「手の甲で相手の頬をたたく」ということは、非常に相手を侮辱する行為で、自分より「階級・地位」が下である者に対してのみ行うことが許されていた、というのです。また、当時は左手は「悪い」側の手とみなされていて、自分の主張などを行う際には使うことができませんでした。だから、「右手の甲で相手の頬を打つ」というのは、「自分より地位が下のものを、侮辱しつつ叱責する」という目的で「ごく自然に行われていた」行為であった、というわけです。なるほど、だとすると、「最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか？」という疑問は氷解します。…だとすると、今度は次の疑問が湧いてきます。「さらに奥にある疑問」が浮かんでくるはずです。「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい」という言葉は、一体どんなことを言おうとしてるのでしょうか？</p>

<p>　「左の頬を向けられ」たら、（右頬を打った）相手はどうするでしょう？左手は使えませんから、左の手の甲で「左頬」を打つことはできません。だとすると、右手の掌で相手の左頬を打つことになります。…しかし、（自分より相手の地位が下だとみなす行為である）手の甲で相手を打つのではなく、「掌で相手を打つ」ということは、相手を自分と対等だとみなすことです。つまり、「自分より身分が下」だと蔑んでいる相手を、「自分と同等の人間である」と認める行為になってしまうわけです。（頬を打った側の人は）大きなジレンマを抱えてしまうことになるのです。</p>

<p>　つまり、この言葉は、単なる「相手の暴力・差別に対して服従・無抵抗になれ」という意味ではなく、「暴力は使わず、根本の意味におけるより強い抵抗を示せ」という言葉であった、というわけです。旧約聖書の「目には目を」という「報復行為」と対比されることが多いために、私はこれまで単なる「無抵抗主義を示す言葉」だと思っていたわけです。しかし、実はそうではなかった…ということがとても面白く、興味深く感じたのです。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20090204/migi" target="_blank">「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」という幻想について - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記</a> (via <a href="http://tsundere.tumblr.com/" target="_blank">tsundere</a>) (via <a href="http://otsune.tumblr.com/" target="_blank">otsune</a>) (via <a href="http://clip.shiwaza.com/" target="_blank">tnoma</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://petapeta.tumblr.com/" target="_blank">petapeta</a>, <a class="tumblr_blog" href="http://error888.tumblr.com/post/92649375/but-whoever" target="_blank">error888</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://petapeta.tumblr.com/" target="_blank">petapeta</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://yaruo.tumblr.com/" target="_blank">yaruo</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://jiyuuda.tumblr.com/" target="_blank">jiyuuda</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://yaz1966.tumblr.com/" target="_blank">yaz1966</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://flatmountain.tumblr.com/" target="_blank">flatmountain</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://shinjihi.tumblr.com/" target="_blank">shinjihi</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://mago6.tumblr.com/" target="_blank">mago6</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://skamio.tumblr.com/" target="_blank">skamio</a>) (via <a class="tumblr_blog" href="http://currychef.tumblr.com/" target="_blank">currychef</a>)</em>
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    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/16153304343</link> 
    <pubDate>Fri, 20 Jan 2012 12:24:25 +0900</pubDate>
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    <title>&quot;　そんなエリートの親鸞は、こう思ったのではないかなあ、と思ったんですんね。なんか、あっ、そうか、と思った時、頭の中で親鸞が現代語で話していたので、ちょっと失礼かなと思いつつそのまま書きますね。

　＊　...&quot;</title> 
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    “<p>　そんなエリートの親鸞は、こう思ったのではないかなあ、と思ったんですんね。なんか、あっ、そうか、と思った時、頭の中で親鸞が現代語で話していたので、ちょっと失礼かなと思いつつそのまま書きますね。</p>

<p>　＊　　　　＊</p>

<p>　多くのお寺さんから見放されてしまった人は、日々の信仰もそんなに厚くない。仮に、見放されなかったとしても、そんなに信仰の厚くない人には、多くのお寺さんは冷たかったりする。でも、それっておかしいことなんじゃないか。阿弥陀は救いたい人は、むしろそういう人だったりもすると思うし、日々信仰が厚く善行を積んでいる人は、むしろ阿弥陀の救いをあまり必要としないはずではないか。</p>

<p>　でも、いつのまにか、念仏の唱え方、修行の仕方、善行の積み方、お布施の多い少ないによって、阿弥陀救われ度ランキングみたいなものができてしまっている。それって、すごくおかしいことだよね。それって、救いの意味がないし、仏教の意味がないよね。阿弥陀って、そんなことを思っているわけないと思う。</p>”<br/><br/> - <em><a href="http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-fe57.html" target="_blank">ドラえもん、なんとかしてやってくれ。: ある広告人の告白（あるいは愚痴かもね）</a></em>
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    <link>http://fumiton.tumblr.com/post/15908220081</link> 
    <pubDate>Mon, 16 Jan 2012 07:19:59 +0900</pubDate>
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