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  <title>iddy.jp - RSS feeds by kiritani</title> 
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  <description>RSS feeds by kiritani hosted at http://iddy.jp/</description>
  <language>ja</language>
  <item>
    <title>アジア出張記</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img src="http://digiper.com/kirilog/image/431181_172444366197295_100002951980380_265924_284609972_n.jpg" alt="" /></p>

<p><img src="http://digiper.com/kirilog/image/397066_173420242766374_100002951980380_267925_1576011031_n.jpg" alt="" /></p>

<p>シンガポール、ホーチミンの４泊４日の出張から帰ってきました<br />
シンガポールは今、日本人の移住ラッシュで仲間経営者が拠点を移し始めており私も２５年ぶりに行って来たのですが、イメージからいうと大人のディズニーランドのようで国がベンチャー企業の経営をしているかのような感じを受けました<br />
ショッピングモールをとっても、東京のスケールを遥かに超えていて、世界のあらゆる最先端のものが集まっており活気にあふれていました</p>

<p>所得税の最高税率が現在１４％なので、世界の富裕層と投資がここに集まってきており、世界的な投資家ジョージ・ソロスのパートナーであるジム・ロジャースを始め、日本からは村上ファンドの村上さんが居を移したことで有名になりましたが、国境を越えるハイパーノマド化現象が起きているのを肌で感じました</p>

<p>話の種にと思い、ソフトバンクのCMで有名になったマリナベイサンズに宿泊したのですが、ホテルとしてのオペレーションには不満が残りました<br />
ハード面の見せ方は上手いのですが、ホスピタリティーが低いのでリピート率は低いだろうというのが現地での評判でした<br />
投資マネーが溢れているのでハード先行は、この国を象徴している感があります</p>

<p>シンガポールには、資源がなく水すらマレーシアから輸入、食糧も９０％以上を輸入、建国の父といわれるリー・クアンユー元首相のベンチャー企業を経営するかのような手腕で投資を呼び込み、国を金融立国に育てあげたのですが、まさに資本主義戦略の最高峰です<br />
私が中学生の時の教科書では貿易立国と教わったものですが</p>

<p>ウェブ系のAKARAG SINGAPOREを経営されている赤野さんにシンガポール経済についてレクチャリングをいただいたのですが、ギリシャが債務不履行になりユーロ危機が本格化しリーマンショックを超える金融危機が起きたときに、金融を産業の中心に置き、一次産業、二次産業をほとんど持たない、超資本主義のこの国の経済がどうなるのかが注目されるところです</p>

<p>シンガポールを後にして、３年ぶりにホーチミンに行きました<br />
２００９年にバイタリフィーに売却した当時社員数約２０名だったデジパベトナムは、社員数１６０名までに成長し日系企業としては、ホーチミン最大のオフショア開発の会社に成長しました<br />
社長、副社長共に、デジパ出身者が務めており、それを目の当たりにするのは感慨深いものがありました<br />
私がベトナムに進出した当時は、ベトナムのオフショア開発に関してはみんな手探り状態だったのですが、アジアマーケットへの海外進出は数少ない残された選択肢のようで押し出されるように日本企業がシンガポールを始めアジア圏マーケットに対して本格進出する時代になったようです</p>

<p>最近の総合家電メーカー各社の決算発表を見ていても、ソニー・パナソニック・シャープが大幅赤字を計上し、日本の産業を牽引してきた一つの仕組みの変革期なのでしょう</p>

<p>日本の経済環境１０年先を見据えると、アジアマーケットへの海外進出は数少ない経済成長の選択肢に思えるのですが、シンガポール、ホーチミンというホットスポットを久しぶりに訪れて感じたことは、国境を越え、活力のあるマーケットに向かうハイパーノマドがこれからも増えるだろうという確信をもちました<br />
一方、成熟した日本でGDPを上げることが本当に幸せにつながるのだろうか、今ある日本の資源を有効に使い、国の仕組み、生き方を変えることによりGNH（国民総幸福指数）を上げることはできないものだろうかと改めて考えさせられました<br />
例えば、自給用の米、味噌、醤油を作っても日本のGDPは上がらないのですが、家族の幸せ度は上がるかもしれません<br />
４泊４日のアジアホットスポットの出張から帰り、広域型の自給自足文化を模索したいと改めて感じました</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2012/02/post_337.html</link> 
    <pubDate>Fri, 10 Feb 2012 01:46:30 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>「脱原発世界会議」に関する所感</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img src="http://digiper.com/kirilog/image/NEC_0104.JPG" width="320" alt="" /></p>

<p>１月１４日から横浜にて行われた「脱原発世界会議」に行ってきました</p>

<p>会場となったパシフィコ横浜は、朝から警察はが戒厳令のような警備をひいて会場前は異常な雰囲気でした</p>

<p>１月１６日に、参加人数が１万１５００人との発表がありましたが、このカ​ンファレンスをまともに扱った新聞は東京新聞だけだったと言​ってもいいでしょう<br />
警察が​戒厳令のような警備を敷き大半の大手メディアが取材に来ていましたが、東京新聞以外は記事にありませんでした<br />
ドイツが一度の被爆も受けていないのに脱原発を国民投​票で決めれた影には市民メディアの影響がありますが、ドイツで市民メディアが発達した影に国が助成金を付けたという背景があります<br />
そこは、日本と大きく異なる点です<br />
日本は、テ​レビ、新聞、ラジオを所有している会社が同じなのが問題で、先進国では例を見ません<br />
異なる媒体を特定の同じ会社が保有するとメディア監視に問題が出るからです</p>

<p>さて会場では、収容人数が千名のメイ​ン会場は常に満席で他のホールも人気のセッションは立ち見が出る​ほどの熱気で確実に体制が動いていくのを私は感じました<br />
また、ヨーロッ​パから来日した原発専門家の知識、経験レベルが高く日本が変われるの​を参加者も感じているようすが議論からわかりました</p>

<p>エネルギーシフトに興味があるので、私が参加したかったのは環境エネルギー研究所所長である飯​田哲也氏のセッションでした<br />
反原発を叫ぶのも大事ですが、エネルギーシフトに対して各論がないと世論が動かないと考えているからです</p>

<p>以下、飯​田哲也氏のセッションからです<br />
・ドイツでは２０００年に６％が自然エネルギーだった割合を２０１０年までに１２％の目標を掲げたがフタをあければ１７％を達成<br />
・ドイツにおける自然エネルギーの経済効果は５兆円で３７万人の雇用を生み出し、自然エネルギーは地域の人たちが所有するため毛細血管に血液が行き渡るように地域が豊かになる<br />
・２０００年、自然エネルギーの世界投資額は１兆円にも満たなかったが２０１０年は２２兆円、ドイツが５兆円、中国が５兆円、アメリカ３兆円、日本はたったの３０００億円<br />
・菅首相は、２０２０年に日本の自然エネルギーは電力量の２０％へ拡大すると表明したが、ドイツは３９％、スペイン４０％、スコットランドは１００％を目標設定<br />
・２０１０年の日本の化石燃料輸入金額は２３兆円でGDPの約５％で、２０００年の化石燃料輸入金額はGDPの約１％で化石燃料の世界的金額が値上がりしている。経済的に見ても化石燃料を使い続けることは有り得ない</p>

<p>私が今回の「脱原発世界会議」から学んだことですが、エネルギーシフトに関しては、小規模、​多様化（太陽光、小水力、バイオマス、地熱、風力等）、地産地消、ネットワー​クが鍵だと実感しました<br />
</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2012/01/post_336.html</link> 
    <pubDate>Sat, 21 Jan 2012 22:53:48 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>自分の内側の声</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p>新年あけましておめざとうございます<br />
お正月休みを実家のある大阪で過ごし、本日より始動しました<br />
地元の大阪では橋下市長がダブル選挙で圧勝し大阪市の解体をさっそく始め、橋下市長率いる維新の会は今年の総選挙でも大きな鍵を握りそうです<br />
世界を見ても日本を見ても２０１２年は大きな体制が変わる一年になることは間違いなさそうです<br />
年末年始に円高は進み、ユーロは一時９８円台をつけユーロ圏がどこまで追い詰められるのか予断を許さない状況が続き、ホルムズ海峡を含む海域でイランがミサイル実験をすると発表した後に西側から攻撃を受ければホルムズ海峡を閉鎖するとイランは言っています<br />
日本の原油の９０％が流通しているホルムズ海峡が閉鎖されれば日本の受ける影響は計り知れず、まさに歴史の大きな断層を歩いているような時代です<br />
激しい一年になりそうですが、あまり周りの情報に振り回されずに自分の内側の声「直感」を信じて、自分のやりたいことをことをやろうと私は年頭に決めています<br />
２００８年のリーマンショックの時に感じたのですが悲観論を書いたり放映したりする方が本が売れたり視聴率が上がったりするのでそちら側がフォーカスされ易く、ネガティブなエネルギーを受けやすくなります<br />
しかし、世の中は対極なので物質的にリーマンショックの影響大きく受ける側と全く受けない側が存在します<br />
でも、最近メディアの影響力が大きいことと世界が狭くなってしまったので、全く物質的に影響を受けない人までが影響を受けた気分になってしまいます<br />
もっとも、３．１１の震災以降は多くの人が大手メディアが必ずしも事実を伝えているわけではないということを知り始めました<br />
円高になると日本の輸出産業の悲観論が多くなりますが海外の企業買収が容易になったり、海外不動産が買いやすくなったりメリットを享受できる対極側も必ず出てきます</p>

<p>成熟国家となった日本がいつまでも輸出産業での成長戦略を書く時代は終わり、２０１０年にオバマ大統領がアメリカの輸出倍増論をぶち上げているのにいくら日本が単独で為替介入を実行しても<br />
円高は止まるはずも無く今の財務省のやっていることは資産を自ら捨てに行っているようなもので、今は中央が持つ資産や権限を地方分配していき新しい体制をつくる時代に入っているのでしょう<br />
また、米ドルとユーロが基軸通貨としての体をなさなくなり世界から基軸通貨がなくなった今日、日本も地方通貨をつくったり、被災地が特別特区地域になったり体制の新しい変化がこれから起きていくのでしょう</p>

<p>さて、私は個人年表を付けていて自分のバイオリズムを計っているのですが私の場合は７年サイクルで７年の間にボトムとピークが起きます<br />
個人年表に関してはいろいろな人が語っていますが、天外伺朗氏の著書「非常識経営の夜明け」に詳しく書かれています<br />
そのリズムで読むと２０１２年は攻めのリズムなのです<br />
直近の３年はおとなしくしていたのですが、昨年の１１月にリズムが変わったのを自分でも感じました<br />
そしたら、断食がやりたくなって贅肉を５キロ落としました<br />
周りを見渡すと、円高、企業の採用意欲の低下、不動産価格の下落等、見方を変えると好環境です<br />
デジパ起業時の２００２年も、景気指数は最悪だったのですが当時の私の場合はそれが良い流れだったのです<br />
全てのコストが安かったし、優秀な人材も採用できました<br />
今年は、自分の内側の声「直感」を信じて攻めに転じていきます</p>

<p>本年も、皆様にとって良き年になりますように心よりお祈り申し上げます</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2012/01/post_335.html</link> 
    <pubDate>Wed, 04 Jan 2012 16:53:31 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>ノマドな生き方</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p>最近、書店に入ると「ノマドな生き方」をテーマにした本が随分並ぶようになってきた<br />
はてなキーワードによると、ノマドとは「北アフリカの砂漠や中央アジアの草原で、羊や牛を追って生活している遊牧民。最近では、オフィスのない会社、働く場所を自由に選択する会社員といったワークスタイルを実践している人々の意味でも使われる。」と書かれてある<br />
ノマドな生き方をする人が日本でも増えてきたが、ノマドという言葉を私が初めて聞いたのは2008年にジャックアタリが書いた著書「21世紀の歴史」だった<br />
その第５章で国家の弱体化と地域紛争の続発を予測し、国境を越えて世界を自由に行き来する層が生まれると書いてあったのだが、私の周りでも2009年を境にシンガポール周辺に移住する日本人が増え始めた<br />
彼らはまさにノマドで、日本という国境を越え自分が創業した会社さえ売却して遊牧民のように羊や牛を追ってビジネスチャンスのより高い場所を探す<br />
また、大企業から独立してフリーランスとして日本国内でノマドな生き方をする層が最近後を絶たない<br />
私が所属するウェブ業界でも、大手に勤めるマネージャー層からそのような傾向が出始めていて、その企業にとっては間違いなくキーパーソンで今までだったら役員を目指すか、同業にヘッドハンティングされるかというようなポジションの人種が今、働く場所や時間を自由に選択できるノマドの道を選ぶ<br />
ジャックアタリの著書でも、ノマドという層が生まれる一方、既存の職業や組織にしがみつく層が同時に増え彼らの所得は減少化していくと書かれているが、その傾向はアメリカでは２００５年以降に顕在化し、日本も既に顕在化してきている<br />
私がベトナムにオフショア開発の会社を２００７年に設立した時、アメリカでは年収６万ドルの弁護士、エンジニアがこぞって職を失い、その仕事がフィリピン、インドに移動していた<br />
それを見たとき、ルーチン系の職種人材を日本で採用し続けるのは危険だと感じて日本法人とベトナム法人を繋ぐスキームを考えた<br />
「ノマドな生き方」をする人の出現は、良きにしろ悪しきにしろグローバル化が生み出した結果なのである<br />
経営者にとっては本当にやっかいな時代である、日本の国内マーケットの成長が止まりただでさえ経営が困難なのにキーパーソンな人材までがノマド化して流出する可能性がでてきている<br />
私の周りでも、退職してノマド化した人材を流出させないために急いで業務委託を結ぶ企業も出始めている<br />
企業が仕事のデキル社員を縛ることができなくなったのだ</p>

<p>考え方を変えれば、「ノマドな生き方」が実現した層にとってはいい時代である<br />
毎朝満員電車に揺られて、決められた時間に決められた場所に行く必要もなくなり、時間、場所、収入を自分で選べるようになったからである</p>

<p>今後、大企業がより合理化を目指して合併を繰り返す一方、ノマド層が増え続け新たなる組織形態が生まれるであろう<br />
この先に何が生まれるのかを模索していきたい</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/11/post_334.html</link> 
    <pubDate>Thu, 24 Nov 2011 19:41:01 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>非電化工房</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img src="http://digiper.com/kirilog/image/NEC_0026.JPG" alt="" width="320" /></p>

<p><a href="http://www.hidenka.net/">非電化工房</a>の藤村さんにお会いした<br />
かつて彼が立ちあげたカンキョウは80年代、家庭用空気清浄機という成長市場を開拓したベンチャー起業として名を馳せたが、98年に負債総額85億円を抱え、会社更生法適用を申請した<br />
私も、20代のころ藤村さんの経営勉強会に参加したものだ<br />
そして4年前の1997年に、健康と環境をテーマにしたテーマパークをつくろうと決め葉山から那須に移り住まれ非電化工房を立ち上げれらた</p>

<p>「非電化生活とは、電気が当たり前になっていることを、電気を使わずに楽しくやってみるという生活の提案<br />
今の世の中は不必要に電気を使って、不必要に不幸せになっているような気がする」<br />
とおっしゃられる</p>

<p>放射冷却を利用した屋外設置型の非電化冷蔵庫を開発、非電化の除湿機、掃除機、籾摺り機等を開発しエネルギーとお金をかけなくとも得れる幸せがあることを提案していて<br />
ストローベイルの非電化Ｂ＆Ｂ（宿泊施設で、宿泊と朝食の提供を料金に含み、比較的低価格で利用できるもののこと）等もあり、建築コストはわずか30万円とのことである<br />
藤村さんの考え方として、ペンションをやろうと思えば平均5千万円の資本金が必要となる<br />
多くの人が借金をしてペンションを開業し、借金や運営費用に追いかけられる<br />
50万円くらいの軍資金で週末だけ営業するモデルから始めてみてもいいという<br />
著書の<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%88%EF%BC%93%E4%B8%87%E5%86%86%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9-%E8%97%A4%E6%9D%91%E9%9D%96%E4%B9%8B/dp/4794967616">「月３万円ビジネス」</a>は逆転の発想で面白い<br />
確かに最近、南房総でも週末だけオープンのカフェや物販のお店が出来始めている<br />
大概のものは、ただみたいな家賃で、自分たちで内装をして家族であるいは友人と下手するとお客さんまで手伝わせてイニシャルコストをかけずに、好きなことをして月に3万円を稼ぐ発想だ<br />
これは、家賃、人件費、借金と追いかけっこをし、同業と競争しながら成長を求める経営とは全く違ったものだ</p>

<p><br />
「昔の日本は、一緒に生産して　一緒に安全を守っていた　<br />
人といっしょにならないとできないから人に対する優しさが生まれる<br />
ところが今、消費者、生産者、安全を守る公務員というふうに分けてしまいそこから、過度の競争社会が生まれた　<br />
競争相手に優しくしろといっても　子供には　矛盾する教育が生まれた」</p>

<p>確かに競争社会の現代に、人に優しくしろといっても矛盾がある<br />
新たなるものに出会った感じがする</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/10/post_333.html</link> 
    <pubDate>Tue, 18 Oct 2011 11:32:59 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>2011年の田んぼプロジェクトが終了</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="NEC_0031.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/NEC_0031.JPG" width="320" height="240" /></p>

<p><br />
2011年の田んぼプロジェクトが全て終了した<br />
今年は、昨年より田んぼの作付け面積を増やし、田んぼオーナー制度には20名が参加してくれた<br />
田んぼオーナー制度の目的は、都市の人と耕作放棄地の田舎を結ぶこと、都会の人が米の自給を実現すること、「結い」の精神を取り戻し食料自給の楽しさを味わうこと<br />
以上の3点で、年間に5回の田んぼのワークショップに参加してくれれば米の自給ができるように今年はプログラムを組んだ</p>

<p>田んぼは、畑に比べて楽である<br />
畑は、まめに面倒を見る必要があるので月に1度の作業で自給というわけにはなかなかいかない<br />
ベランダでトライする方がおもしろいかもしれない<br />
私も、東京在住時代に長野の安曇野で畑を借りてチャレンジしたが月に2回のペースでは、常に草から作物を救出する作業ばかりで一向に実らず草刈ばかりしていた記憶がある</p>

<p>大人1人が食べる年間の米の量が60キロと言われている昨今、都心の人が思っているほど自給用の米をつくることは難しくはない<br />
大きく分けて5つの工程に分かれる<br />
まず、私が運営する<a href="http://awa-chikyumura.jp/">「NPO法人あわ地球村」</a>の位置する南房総では4月の中旬に「代掻き」（水を入れた田んぼをトンボで平らにする作業）、5月初旬に「田植え」、「除草」を田植え終了後、週に1回、田車という手押し車を使って4週間行う<br />
6月に入ると、稲の分結が始まるので田んぼには入らずにその後3ヶ月は、ひたすら祈る、声がけをする、9月中旬に「稲刈り」を行い竹で米を干す台を組んで米を天日で干す、9月下旬に「脱穀」<br />
以上の5工程である<br />
私たちは、無農薬、無化学肥料で行うので1反あたり出来高が約6俵（360キロ）つまり大人6人分が年間で食べることができる米が収穫できる（農薬、化学肥料を使っているご近所さんは約８俵を収穫）<br />
4回の除草を6人でシェアリングすれば、5日で米の自給ができる計算になる</p>

<p>人間が生きていく上で必要なものは「食」である<br />
これを自給できると何ともいえぬ安心感が生まれることをある日、私は知った<br />
「半農半X」という生き方をお勧めしているが、食をある程度自給すると何かにしがみつく必要がなくなる</p>

<p>今、世界中でデモが起きはじめたが、GDP1位のアメリカニューヨークで始まった反格差デモ「ウォール街を占拠せよ」は10月16日にかけて米国内で拡大し、ニューヨーク最大の繁華街タイムズスクエアには数千人があふれ、暴徒化した参加者がAP通信によるとＮＹで８０人逮捕、シカゴでは１７５人が逮捕された<br />
GDP3位の日本でも、経済格差の拡大に抗議する米国の運動「ウォール街を占拠せよ」に呼応したデモや集会が15日始まり東京都内では、若者らが「ＯＣＣＵＰＹ　ＴＯＫＹＯ！（東京を占拠せよ）」と書かれた横断幕を掲げてデモ行進をした　<br />
これは、国民の怒りである　<br />
３．１１の震災以降、被災地支援、放射能問題を通して国と政治家が国民を守るわけではないということを国民がはっきりと知ってしまった<br />
そして、大手メディアが事実を伝えているわけではないということを<br />
国の優先順位としては「国民の命と生活」が1番で「経済」は次のはずである<br />
私も被災地に、毎月通う間に日本を動かすトップ集団のお粗末さを嫌というほど見せつけられた</p>

<p>日本でも、少し前までは額に汗水流せば誰もがそれなりに生きていくことができた<br />
だが、2008年のリーマンショック辺りから日本のこの神話も怪しくなってきた<br />
2008年の暮れあたりから日比谷公園に「派遣村」なるものが誕生し、夜露を凌ぐテントと空腹を満たす食事を求める非正規労働者で溢れた</p>

<p>いよいよ日本も、GDPからGNH（国民総幸福指数）を目指す時代に入ったのだろう<br />
国が信用できない以上は、自分の身は自分で守るしかない<br />
でも人間は１人では生きていけない、「結い」の精神を取り戻し本当の自治区を作る時代が来たことを感じる</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/10/2011.html</link> 
    <pubDate>Mon, 17 Oct 2011 15:42:46 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>生まれて初めてのタイヤバースト</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="ishinomaki%20002.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/ishinomaki%20002.jpg" width="204" height="153" /></p>

<p>石巻の被災地支援の帰り道、川口ICの２００M手前で右前のタイヤがバーストしました<br />
２トントラックを運転していたのですが、川口ICの手前で時速を５０キロ程度に落し右車線を走っていたので右路肩にトラックが支えられ事なきを終えました</p>

<p>もし、左前のタイヤがバーストしていたらトラックは横転していただろうし、平均時速１００キロで走っていたので川口ICの手前でなければ事故になった可能性もあります</p>

<p><br />
生まれて初めてのタイヤバーストだったのですが、人生においてはこのような経験が幾度もありました</p>

<p>その度に、生かされているのを感じます</p>

<p>震災以後は毎月、石巻に行っているのですが亡くなられた方と生き残られた方は紙一重だといつも感じさせられます</p>

<p>今、生かされているのは、何かのお役目があるのを実感します</p>

<p>被災地支援も半年が過ぎ、求められる内容が変化しています<br />
ライフラインは、ほぼ復旧したので自立支援が今の私のテーマです<br />
店舗、工場を無くされた方々の商品を安房の国で販売するスキームを作り始めています</p>

<p>９月１８日の石巻支援でスキームを固めてみます</p>

<p>今回のバースト体験で、コツコツとでも自分のお役目を全うしようとあらためて決意しました</p>

<p><img alt="ishinomaki%20001.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/ishinomaki%20001.jpg" width="204" height="153" /></p>

<p><br />
</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/09/post_332.html</link> 
    <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 01:12:33 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>「もの」から「つながり」を重視する社会へ</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="nanohana_002.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/nanohana_002.jpg" width="512" height="384" /></p>

<p>米国の財政危機も今回の債務不履行はかろうじて回避されたが、大統領、民主共和両党の三つ巴の協議を見ているとどの国も政治家は国民を横において自分の権力維持しか考えていないように見える<br />
円高も史上最高値近くの76円まで進んだが、米国が作り上げてきた国際通貨としてのドルの反落やヨーロッパでのユーロ体制の危機は、貨幣至上主義の秩序的な危機を感じさせられる<br />
ある日突然ベルリンの壁が崩壊したように、この秩序もいずれ大きく変わるのだろう<br />
それは、貨幣の価値が下がり商品の価値が上がり、人との絆に重きを置くそんな時代になるのではないかと私は予想している<br />
日本は資本主義の発展とともに大量生産・大量消費から、多品種少量生産の社会へと移り「もの」から「つながり」を重視する社会へと移りつつある<br />
電車に乗ると10年前に比べて携帯電話を動かしている人が多くなった<br />
「つながり」を確認する携帯電話は、人々の体の一部となりつつある<br />
フランスのシンクタンクLEAP/E2020が金融資本主義の崩壊とともに持続可能な新しい経済システムが出現しそれは共同体志向の強い経済であると予測している<br />
「金融危機ならびに世界不況に直面し、国民は政府、企業、メディアなどの社会組織に対する信頼を完全に喪失してしまった。逆に、いま国民は信頼できる仲間との関係を樹立し、地域コミュニティに回帰する方向に動いている。<br />
地域コミュニティに回帰した生き方は、幸福の源泉を家族や仲間との人間関係に見出すのであり、車や耐久諸費財へのものの消費に向かわなくなる。いまこのような消費性向の変化は主要先進国で加速している。したがって、アメリカの膨大な消費が支えてきたかつての状態に世界経済が戻ることはまず考えられない。それを実現しようとする政府のどのような努力もむだに終わる」と書かれてある</p>

<p>先日、石巻の黄金浜地区で藤田利彦氏という地域のリーダーにお会いした<br />
石巻の黄金浜は、4月に入るまで自衛隊の支援がやって来ず3月11日以降は自力で生き延びた地域なのだが、震災で64名の方が亡くなられた<br />
震災直後の2日間、町の浸水が収まらず大半の方が2階で生活されていた<br />
3日後に浸水が治まり2階から降りていくと町に死体が投げ出されていたということだ<br />
その間、自衛隊の官邸への報告のためだけに飛ぶヘリコプター、民間メディアの撮影用のヘリコプターが上空を飛び交い町の人々が屋根から手を振って助けを求めるが、彼らは気づいていたはずなのに誰も助けに来なかった<br />
やがて、黄金浜の人々はヘリコプターが来ても手を振るのをやめた<br />
どうせ手を振って助けを求めても誰も来てくれないのだとあきらめたのだ<br />
そして、力尽きて亡くなられる方が出始めた<br />
その後、彼らは自力で生きようとし始めその地域の中で食べられるものを瓦礫の中から探し命をつないだ<br />
3月20日を過ぎると、地域の中でも格差ができはじめた<br />
藤田氏の住む黄金浜は、新興住宅街のため３件隣に誰が住んでいるのかがわからなかったために共同体を作ることができず炊き出しを自力で実施することができなかった<br />
しかし、隣町は昔ながらの集落だったので同じ時期に、倒壊した家屋の木材を燃やして炊き出しが始まった<br />
その差は、地域の「絆」（つながり）でありベースは祭りだと藤田氏は語る<br />
祭りが盛んな地域は共同体的な絆が残っているが、祭りが希薄になった地域はその絆がなくなり災害が起きたときに、助け合うというコミュニティが作れなくなってしまっていた</p>

<p>この事例に、これから人々が生きていく方向性があると確信した</p>

<p><img alt="nanohana_001.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/nanohana_001.jpg" width="512" height="384" /><br />
</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/08/post_331.html</link> 
    <pubDate>Sat, 06 Aug 2011 19:30:43 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>新しい日本の創造</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p>震災から3ヶ月以上が過ぎ、東京の町を歩くと止まっていたエスカレーターが動き始め、消えていたビルのエントランス照明が付き始めたりしている<br />
何か「喉元すぎれば暑さを忘れる」そんな空気を感じるのは私だけだろうか？</p>

<p>1990年代から約20年間、日本は国が進む方向性を見失ったままの状態である<br />
1980年代に日本は、豊かな食と商品がが豊富で多種多様の選択が可能な世界一豊かな国になった<br />
しかしその後、先進国でありながら3万人の自殺者を生み出すという現象を引き起こした<br />
いくら物があっても、便利であっても、GDPが上がっても幸せにはなれない<br />
幸福感を感じることはできないということが実証されたのである<br />
そろそろ、この震災をきっかけにそれを共有する時期に来ているのではないだろうか<br />
3年前までベトナムに子会社があったので私は毎月、ホーチミンに出張に出向いていた<br />
ベトナム出張でいつも驚かされたのは、ベトナム人のエネルギーである<br />
子供も若者もエネルギーがみなぎっていて、「生きている」ということを感じさせてくれる<br />
日本に比べて物はなく、1台のバイクに家族が3人乗りしていたり、就職をして一番買いたいものが携帯電話であったりする<br />
ベトナムから成田に帰ってきていつも感じるのは、日本人の「生きる」というエネルギーの希薄さであった<br />
震災後、しばらく東京で電車による人身事故が起きなかった<br />
それまで、多い日は1日に2度経験したことがある<br />
おそらく今回の震災は人々の死生観に影響を与えたのであろう</p>

<p>今後、時間をかけて日本は復興するだろう<br />
でも、元の生活に戻すことが本当にいいことなのだろうかという疑問が私にはある</p>

<p>安政の時代にも大津波を東北を襲ったが、その時に津波が来た場所に石碑を建て「これより下には住まない」と取り決めを行い、先祖代々それを申し送りした集落があるのだが<br />
その集落は今回の災害を免れることができた<br />
先日、石巻の相川避難所に行ったのだが、わずか20メートルの差で全壊した家と無傷の家とに分かれているのを目の辺りにした<br />
無傷の家は高台に建っていた<br />
日本は便利さと効率を追求して街づくりをしてきたが、被災地の都市計画に関しては海岸沿いの平地は農業、林業地域にして集落は津波が来た場所より高台に再生したらどうだろうか</p>

<p>1960年代の日本のエネルギー使用量は現在の3分の１だそうだ<br />
私は1960年代の生まれだが、当時と今とを比べてみると必要な物は既にあった<br />
今日、昼間に東京の山手線に乗ってこれほどの本数の電車を走らせる必要があるのかと疑問に思った<br />
まず前提として、本当に全員が同じ時間にオフィスに毎日出社して仕事をする必要があるのだろうか<br />
これだけインターネットインフラが整った昨今、自宅勤務を徹底的に推奨したらどうだろうか<br />
そうすれば、産業エネルギー量も減らせるし通勤という人々の負担も減る<br />
日本人の豊かさ指数は上がるのではなかろうか</p>

<p>今回の原子力政策に関しては「官」「民」「学」の癒着が浮き彫りになったが、必要なときに必要なことが起きるので今回の震災は大きな痛みを伴ったが、日本が新しい国に蘇生するチャンスである<br />
再生エネルギーへの国策転換、各家庭で電気蓄電ができる電池の開発及び徹底した省エネ家電の開発、輸入に頼るのではなく食料に関しては自給文化の創造、<br />
中央集権から地域の独立化及び地域通貨の普及等、今だからこそできることがある<br />
震災が起きなくとも、日本は行き場を失っていたのだから<br />
大病になった今こそ生き方を変えるチャンスである</p>

<p>少しくらい不便でも、持続可能で安心して生きられる社会、新しい日本の創造に向かっている</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/06/post_330.html</link> 
    <pubDate>Wed, 22 Jun 2011 06:53:51 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>石巻市民の声</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="photo_110620.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/photo_110620.jpg" width="400" height="299" /></p>

<p><img alt="photo02.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/photo02.jpg" width="400" height="300" /></p>

<p><br />
週末を利用して3日間、石巻に行ってきました<br />
現地では、石巻の専修大学の中に本部がおかれているボランティアセンターの中でキャンプ生活を送ったのですが支援に来ている外国人の多さに驚きました<br />
また、長期で支援に来ている２０代の若者も多く、次に来る新しい日本の構想を語る人もいて頼もしさを感じました</p>

<p>今回は、現地の方との打ち合わせが中心だったのですが何点か印象に残ったことを書きます<br />
交流している行政の方からは、「平等の立場を取らざるを得ないので、すべての行動に遅れが生じる。本当は元気のある集落を立ち直らせたい。このままでは共倒れになる。」「被災後、半壊の建物も取り壊され全壊か否かの判断がつかず義援金が支給できない。」<br />
石巻で地域通貨を立ち上げようとしているユッキさんからは、「３ヶ月たった今でも、周りで義援金を受け取った人は少数である。」「行政は、石巻の復興事業を大手ゼネコンに発注しようとしており結局、お金が地域循環しない。」「東北でしか使えない復興国債を発行し、地元にお金が回る仕組みを作りたい。」<br />
専修大学のボランティアセンターのスタッフからは、「震災後３ヶ月が過ぎ、日に日にボランティアの数は減っている。６月２０日から１０００円高速がなくなるのでボランティアに来る人のハードルが更に上がる。ボランティア認定の人には高速料金を無料にしてほしい。」<br />
<a href="http://msv3151.c-bosai.jp/group.php?gid=10163">専修大学のボランティアセンター</a>は、環境もよく１日からのボランティアを受け付けています</p>

<p>現地の声を聞いていてライフラインに関する１次フェーズの支援は終わった感じをうけるのですが、現地での無力感をものすごく感じました<br />
これからのテーマは間違いなく自立です</p>

<p>日曜日には、南房総で立ち上げた被災地支援団体「安房なのはな隊」と合流して北上町にある相川避難所に向かいました<br />
三陸海岸沿いの相川避難所は町を結ぶ橋が崩壊し被災後、陸の孤島となった場所です<br />
今でも道路の復旧中で通行止めの場所も多く、石巻河北インターから１４キロの道のりを約１時間かけて車を走らせました<br />
パンクで立ち往生する車も多くスピードが出せない道路状況なのです<br />
相川は漁師町なのですが、船が流されてしまい漁業の復興までには最低１年はかかるとのことでした</p>

<p>相川避難所では、老若男女で日本文化の餅つき、ライブを行い南房総と相川との心の交流を交わしてきました</p>

<p>例え小さな鐘であっても、今後も鳴らし続けようと心を新たにして帰ってきました</p>

<p>第４回「安房なのはな隊」出動は７月１７日を予定しており、石巻市黄金浜地域から餅つきとライブに来てほしいとのリクエストを頂いています<br />
そこで、もち米を支援物資として募集しております<br />
もち米以外の救援物資に関してはお問い合わせください、日々必要物資が変わってきているので現地に問い合わせを行いながら運びたいと考えております</p>

<p>問い合わせ先　　ＮＰＯ法人　あわ地球村　桐谷　kiritani25@gmail.com</p>

<p><img alt="photo03.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/photo03.jpg" width="400" height="300" /></p>

<p><br />
</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/06/post_329.html</link> 
    <pubDate>Mon, 20 Jun 2011 16:36:11 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>デジパの10周年PARTY</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="all.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/all.jpg" width="320" height="214" /></p>

<p><br />
デジパの10周年PARTYを発祥の地である市ヶ谷で開催しました<br />
現役とOBに声をかけて39名が集結し、遠くはベトナムからも駆けつけてくれました<br />
実は3年以上同じ会社で働いた経験が私にはなく、デジパが勤続年数11年目で記録を更新しています<br />
飽き性のＢ型で、何をやっても続かなかったのですがデジパだけはなぜか続いています<br />
でも、一度だけ辞めようと思ったことがあります<br />
それはリーマンショックの後、負債圧縮のために子会社を含めてすべての資産を売却、整理した後に会社の成長戦略が描けず辞めることを考えました<br />
でも、役員のＫ君に「プライドを捨ててでも、社会的責任を果たさなければいけない」と言われ思いとどまりました<br />
当時、会社は成長し続けるもの、売り上げは伸び続けるもの、ビジョンの中で生きることをやめるときは身を引くときと考えていた私にとっては、存続のためだけに会社経営をすることは植物人間の状態で生きることに等しい感覚でした<br />
でも、その出来事の後に私とデジパは別の形で進化し始めました<br />
まず、生き方をもう一度変えようと考えて南房総に引越し、念願の「半農半Ｘ」のライフスタイルを始めました<br />
デジパに関しては、売り上げ目標を限界まで下げて、徹底的な権限委譲を進め自由度を更に高めました<br />
これは苦肉の策で、売り上げが伸びている時、事業拡大をしている時はダイナミックなエネルギーが組織に流れるので、少々の矛盾があっても、労働時間が長くともエネルギーは高い状態をキープできるので人はついてきます<br />
でも、新規投資ができない状態だったので権限委譲と自由度を高めることで別の形のエネルギーを高めようと考えたのです<br />
そうすると何が起きたかというと、メンバーがオフィスで働く時間が減り自分の考えで動き始めました<br />
また、東京を離れたということもあるのですが社内での私のジャッジがほとんどなくなりました<br />
まさに長老型のマネージメントに変わったのです<br />
そして、結果として会社が再び黒字化しました<br />
結局、私の社長業に関する固定観念がデジパの進化を止めて赤字転落に陥ったのだとその時に初めて気づかされました<br />
メンバーには「古いものを手放せば新しいものが手に入る」と教育しながら、自分が手放していなかったのです<br />
これは、私にとって大きな学びでした</p>

<p>さて、10周年PARTYには久しぶりに会う懐かしいメンバーがいたり、社内恋愛で結婚したカップルがいたりその子供がいたりしました<br />
なぜか、デジパのメンバーは社内恋愛をすると私のところに報告に来ます<br />
別に知っているので、報告に来られても困るのですが<br />
起業家となったメンバー8名も参加してくれており楽しい時間を過ごしました</p>

<p>コーディングもデザインもできないのに、よくこの業界で社長業をやってこられたとつくづく思います<br />
思えば、いいメンバーに支えられた10年でした</p>

<p>10年間支えていただいた、お客様、パートナー、社員の皆さんに改めて御礼申し上げます<br />
心を新たに進化していきたいと思います</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/05/10party.html</link> 
    <pubDate>Sun, 29 May 2011 17:10:39 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>GWは田植え</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="_MG_4911.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/_MG_4911.JPG" width="320" height="213.5" /></p>

<p><img alt="_MG_5061.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/_MG_5061.JPG" width="320" height="213.5" /></p>

<p><br />
GWに、あわ地球村にて田植えを行いました<br />
今年も手植えだったのですが、さすがに2年目は違います<br />
昨年の倍ちかいスピード約3時間半で終了しました<br />
皆さん手馴れた雰囲気で田んぼ専用長靴を持参する人も多く、今年はそれなりに風格がありました<br />
今年も、農薬、化学肥料を使わず、除草は田車を使い人力でやります<br />
田植え終了後に、米ぬかを300Ｋを撒きました<br />
師匠の赤峰勝人氏いわく、稲にも意識があるそうで機械植えに比べて手植えは稲の「気」がよくなるとのことで、生育、味ともに違うとのことです<br />
昨年は、半分手植え半分機械植えにしましたが、手植えのほうが稲の分結が進み株が大きく育ちました<br />
田んぼのシーズンが始まると、心が神聖になるのを感じます<br />
これは、日本人のＤＮＡでしょうか</p>

<p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(photo by 中村将一)</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/05/gw_1.html</link> 
    <pubDate>Sat, 07 May 2011 17:32:36 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>「安房なのはな隊」を結成しました</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="%E7%9F%B3%E5%B7%BB%EF%BC%90%EF%BC%94%EF%BC%92%EF%BC%92%20025.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/%E7%9F%B3%E5%B7%BB%EF%BC%90%EF%BC%94%EF%BC%92%EF%BC%92%20025.JPG" width="320" height="239" /></p>

<p><img alt="%E7%9F%B3%E5%B7%BB%EF%BC%90%EF%BC%94%EF%BC%92%EF%BC%92%20032.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/%E7%9F%B3%E5%B7%BB%EF%BC%90%EF%BC%94%EF%BC%92%EF%BC%92%20032.JPG" width="320" height="239" /></p>

<p>南房総地域で「安房なのはな隊」を結成して、継続的に被災地を支援する組織を立ち上げました<br />
第１回は、１７日に安房地域から３２名が参加して石巻駅前の広場にて餅つきの炊き出し、地元産の果物等の支給、そして人々を元気づける目的でジャンべの演奏を行いました<br />
石巻駅前の広場では３団体が参加して炊き出しを行ったのですが、１１時開始に対して１０時には５００名を超える人が列を作り石巻市役所の発表によると当日は約１５００名が集まったとのことです<br />
当日の餅つきは活気を生み出し多くの方々に喜んでいただけました<br />
３月２２日に石巻駅に行ったときと違い、駅周辺の瓦礫はかなり片付いている印象を受けましたが、避難所となっている学校の体育館では畳もなく床に布団を引き、区画割をしたテープが存在するのみで、プライバシーの確保もままならない場所も多く、復興までの道のりの遠さを改めて感じさせられました<br />
そんな中で「安房なのはな隊」は、ご縁をいただいた石巻に少しでも元気をお届けしたく結成しました<br />
今回は、南房総市から被災地支援のために大型バスを提供していただいたり、農家から果物、一般の方からはもち米、義援金を提供していただき多くの人に支えられて実現しました<br />
第２回は５月１５日を予定しており、第１回同様に石巻にて餅つきの炊き出しと救援物資の支給を行います<br />
そこで、もち米、義援金の募集を実施しております<br />
もち米以外の救援物資に関してはお問い合わせください、日々必要物資が変わってきているので現地に問い合わせを行いながら運びたいと考えております</p>

<p>問い合わせ先　　ＮＰＯ法人　あわ地球村　桐谷　kiritani25@gmail.com　　<br />
</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/04/post_328.html</link> 
    <pubDate>Wed, 20 Apr 2011 13:50:35 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>田んぼの開墾</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="awa.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/awa.JPG" width="242" height="324" /></p>

<p><img alt="%E5%86%99%E7%9C%9F.JPG" src="http://digiper.com/kirilog/image/%E5%86%99%E7%9C%9F.JPG" width="242" height="324" /></p>

<p>13年間不耕作放棄地の田んぼの開墾を始めました<br />
おかげさまで昨年収穫したお米は早々と完売してしまい、もう一枚田んぼをやることにしました<br />
13年間の不耕作地は、ハードで地面にびっちり根が張っています<br />
最初は、鍬一本で始めたのですがあまりのハードさに鍬がおれてしまい、めげていたところに鴨川の池田氏がユンボを持って助けに来てくれ２日かけて一番上の地層を掘り起こしました<br />
持つべきものは友、そして文明の利器に感動<br />
これを手でやっていたらいつ終わったことやら</p>

<p>近くの田んぼ所有者からは、誰もやり手のない田んぼが復活するので「ありがたい」「ありがたい」という言葉を繰り返し言われました<br />
もっとも近所の人からは「ようやるのー」「大変だぞー」とお声がけいただき、どうやら物好きな奴と思われているみたいです<br />
南房総も不耕作放棄地が増え、地元の人にとっては大きな問題です<br />
放っておくとどんどん土地が荒れてくるので、藪だらけになり自分の土地にも侵食するので自分の土地ではなくとも草刈をやらざるをえません<br />
そんな土地が日本では埼玉県位の面積にまでなると言われています</p>

<p>南房総に移住して１年が過ぎましたが、わかったことがあります<br />
新参者には、よい土地は回って来ない<br />
地型も日当たりもよくて、機械が入る接面道路がある場所等は、地元の人に回される<br />
そして、地元でやり手のない場所のみが私たちのような新参者に回ってくるのである</p>

<p>一方、地元の信用を得るとどんどんチャンスはやってくる<br />
隣町の友人である白浜の半農半カメラマンのしょうちゃんは、コツコツとまじめにやっている姿が認められ、次から次へと農地案件が持ち込まれ、機械も格安で譲ってもらい、またたくまに２年目にして農家資格を取得し道の駅に作物を出荷するまでにいたった</p>

<p>商売も田舎暮らしも、信用と信頼関係を築くことが一番大事だとつくづく感じる今日この頃です<br />
ハードな田んぼの開墾は続きます</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/04/post_327.html</link> 
    <pubDate>Sat, 16 Apr 2011 09:48:59 +0900</pubDate>
   </item>
  <item>
    <title>被災地の宮城県石巻市より戻ってきました</title> 
    <description>
    <![CDATA[
    <p><img alt="%E7%9F%B3%E5%B7%BB%20002.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/%E7%9F%B3%E5%B7%BB%20002.jpg" width="320" height="240" /></p>

<p><img alt="%E7%9F%B3%E5%B7%BB%20003.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/%E7%9F%B3%E5%B7%BB%20003.jpg" width="320" height="240" /></p>

<p><img alt="%E7%9F%B3%E5%B7%BB%20001.jpg" src="http://digiper.com/kirilog/image/%E7%9F%B3%E5%B7%BB%20001.jpg" width="320" height="240" /></p>

<p>被災地の宮城県石巻市より戻ってきました</p>

<p>本当に、地獄の爪痕のような光景でした</p>

<p>仙台空港の北、若林区では町が流されてしまったような光景があり、石巻市でも港の船が道路まで押し流され電信柱を押しつぶしていたり、田んぼの真ん中まで車が押し流されていたり、本当に信じられないよな光景が続きます<br />
神戸震災の時も被災地も経験しているのですが、今回は桁が違います</p>

<p>石巻市で拠点を構える「め組ジャパン」の要請を人づてに聞き、食料と日用品を南房総で集め救援物資を運びました<br />
活動拠点になっている、石巻専修大学には、NPO団体、ピースボート等のスタッフが懸命に救援活動していました<br />
モンベルの創業者である辰野会長も来ておられ、「アウトドア義援隊」を結成されていました<br />
全国各地から支援物資と応援隊がやってきており、現地の人々といっしょに懸命に支援活動している姿には本当に勇気づけられます</p>

<p>緊急車両通行許可証は、館山警察で申請を行いましたがその場でおりました<br />
あわ地球村がNPO法人なのでその場で発行されましたがNPO法人、行政機関でなくても緊急車両通行許可証は発行されるようです<br />
目的が明確であれば、その他でも発行するとのコメントでした（この辺はおそらく基準がないような雰囲気です。地元警察に問い合わせてください。）<br />
東北自動車道は３月２２日現在、宇都宮からの北上は、緊急車両通行許可証がなければ通れません<br />
東北自動車道の宇都宮以北、ところどころ道に亀裂は入っていますが問題なく普通の車で走行が可能です<br />
亀裂の入っている箇所には事前に注意サインが出ています<br />
このあたり、日本人の繊細さを感じます<br />
私たちは、帰路のガソリンも積んでいきましたが、インターチェンジでの給油も可能です（現地のガソリンスタンドでは、２キロ、３キロの行列があたりまえに出来ています。現地で、ガソリンを手に入れることは困難です。）<br />
当然、道はガラガラです</p>

<p>神戸の震災時と違い、道路に規制がかけられているので宮城県石巻市だけを見ても圧倒的に人が足りないし、応援できることがたくさんあると感じました<br />
応援物資に関しては、日に日に足りないものが変わっていくので現地避難所との確認が必要です<br />
例えば米など調理の必要なものは、もう少し先の感じがします<br />
ライフラインが整っていないので、すぐに食べられるものの方が現時点では喜ばれます<br />
私の回った全ての避難所でリクエストされたものが、すぐに食べられる食料と下着（男女問わず）でした</p>

<p>余裕のある方は、ぜひ応援に行ってあげてください<br />
放射能の問題もあるので、もちろんすべて自己責任でお願いします</p>

<p>被災地を見て復興への道の険しさを改めて感じさせられましたが、今の混乱はいつの日か収まります<br />
そして、混乱が収まった時に、自分がどこに立っていて、どんな日本のビジョンを持っているかが大事だと思います<br />
震災前の日本に戻したいと私は思いません<br />
少々不便で物が足りなくても、安心してこの国で生きていきたいです<br />
エネルギー政策、食料政策、街づくり、地域の仕組み、もう一度新しい計画を作り出し、経済的豊かさだけではなく、心豊かで、安心して生きていける国つくりのために活動していきたいと思います<br />
日本は逆境に強い国なので、再生し、新しく蘇ることを私は確信しています</p>

<p>宮城県の石巻から帰ってきましたが、思ったより人々が元気だったので安心しま<br />
した</p>

<p>被災していない地域の人は、笑顔と元気だけは出しましょう<br />
今は、それが一番大事だと思います<br />
</p>
    ]]>
    </description>
    <link>http://digiper.com/kirilog/archives/2011/03/post_326.html</link> 
    <pubDate>Wed, 23 Mar 2011 10:59:00 +0900</pubDate>
   </item>
</channel>
</rss>
